出版および出版関連産業ではたらく人々の労働組合連合体

出版産業

【講演録】アマゾンと日本の出版流通

日本の本の4、5冊に1冊をアマゾンが売る
   冒頭でも申し上げましたが、アマゾンがもたらした最大のものは何かというと、出版流通システム、あるいは出版業界というものについての観念を変えてしまったということです。これまでは出版社と取次が主導権を握っていて、たとえば価格にしても、出版社が決めた価格を小売店に守らせるという形できた。配本についても……そもそも「配本」という用語がおかしいでしょう? 「納品」じゃないんですよ、出版界では。なんだか戦時中の「配給」みたいな感じで……しかし、実際に「納品」じゃなくて「配給」です。出版界の流通システムは1940年代から時が止まっている。日配が解体されたあとも「日配体制」のままといってもいいほど。
 ただこれは、悪いことばかりではなかったと思います。取次は出版物の内容に関与しない。量はコントロールするけども。本の内容に関与しないということは、憲法で保障された「表現の自由」を流通の面でバックアップしていることにもなる。流通の自由なくして表現の自由はありません。だからいい面はある。でもその中で小売店は非常に苦しい状況に追いやられている。そういう状況をアマゾンは打ち破りつつある。巨大な販売力を背景に、アマゾンは出版社と取次に対して圧力をかけるようになってきた。
 アマゾンがどれくらい本を売っているのか。なかなか数字を明かさない会社なのでよくわからないのですが、以前、アマゾンの幹部が日本文芸家協会で講演したときの話では、年商で1500〜2000億円ぐらいとのことでした。はっきりは言わないけど、そのくらい。最近の年間の書籍の販売額は7000億円強ですから、日本の書籍の4〜5冊に1冊はアマゾンが売っているということになります。人文系の書籍だとその比率はもっと高いだろうと思いますし、ネットとの親和性の高いライトノベルなども比率が高いでしょう。これぐらい販売力があると、出版社に対して圧力もかけられます。
 従来の日本の出版業界では、正味を下げるよう個々の小売店が取次や出版社に強く求めることはあまりなかった。もちろん全然なかったわけではなく、たとえば1972年のブック戦争のような正味引き下げ運動もありました。しかし、それによって取引条件が大きく改善したとはいえません。現在も日書連は正味改善や支払いサイトの改善などを求めていますが、ほとんど成果をあげていない。ところがアマゾンはアメリカからやってきて、ガンガン要求する。小売店がメーカーに対して激しく要求を突きつける。口振りは紳士的ですが、懐に持ったドスをちらつかせるようにして要求を突きつける。こうしたタフな交渉をするという文化は、これまで日本の出版界になかったと思います。
 アマゾンは出版社との直取引をどんどん進めてきました。「応じなかったらアマゾンで扱ってもらえなくなるかもしれない」という幻想というか恐怖感を出版社に抱かせるようにして、強大な販売力を背景に直取引を迫ってくる。もちろんアマゾンは、「直取引を拒否したから在庫切れになっているわけではない」と説明するわけですけれども、出版社の方はそう受け取れない。従来は書店も取次に気兼ねして、出版社に「直接取り引きしてくれ」とはなかなか言えなかった。商品は直送するけど、わざわざ伝票だけ取次経由にしたり。それが数年前から空気が変わってきました。KADOKAWAのように「アマゾンと直取引をしている」と公言するところも出てきている。流通におけるヘゲモニーが変わってきた。
 
書店を潰したのは出版社
   これは出版社や取次の側からすると、許しがたいことかもしれないし、危機と感じることかもしれませんが、書店からすると――アマゾンは書店です――現状の価格とマージンの設定では、経営は成立しないのだからやむを得ません。紀伊國屋書店が新宿南口店を大幅縮小しなければいけなくなったのも、高島屋が要求する家賃を払うだけの利益をあの店舗から生み出せないからです。紀伊國屋書店新宿南店を潰したのは、高島屋でもなければ、跡地に入ったニトリでもなくて、個々の出版社です。個々の出版社の価格と正味の設定が悪いので紀伊國屋書店は新宿南店を閉めなければならなくなった。出版社が閉店させたんです。20世紀末に全国約2万2000店あった書店を、20年弱で半減させたのも出版社です。その状況にアマゾンが反旗を翻しているんだ、と事態を読み替えることもできる。だから私は「書店界はアマゾンの敵だと考えるのではなく、アマゾンと共闘して、出版社・取次に取引条件の変更を迫れ」と言ったわけです。
 京都の誠光社という小さな書店が話題になっています。丸太町河原町の交差点近くの路地裏にあるわずか19坪の書店だけど、いつ行ってもお客さんがいます。恵文社一乗寺店という世界的にも知られる書店の店長だった堀部篤史さんが独立して始めました。彼は取次を介さないで仕入れをしています。なぜ取次を通さないかというと、取次にマージンを払うと経営が成り立たないからです。書店を成立させるために直仕入にして、自宅と店舗を一緒にして、できるだけ人を雇わず奥さんと2人で働いている。取次にマージンを払ったら書店は成立しない。それぐらい書店というのは追い詰められている。
 アマゾンが直取引を持ちかけることについて、出版社は被害者ヅラしていますね。まるで不当な攻撃を受けているかのように。でも書店の側からすると当たり前の要求です。再販契約のもとで、販売価格の決定権は出版社あるわけですから、そこは動かせない。そうなるとマージンを動かすしかない。そうなると取次を通さずに直取引するしかない。これはリブロの池袋店が閉店するとき、同店の元店長だった田口久美子さん(ジュンク堂書店池袋本店副店長)が、週刊朝日のインタビューで「もう書店は取次に7〜8%のマージンを払っていたら成立しない。それがリブロの撤退の大きな原因である」と語っていましたね。
 アマゾンが出版社に直取引を持ちかける理由は、マージンだけが理由ではない。直取引をすることによって日販での在庫切れがなくなって、読者の利便性が高まるからです。これはけっして、直取引を促すためにアマゾンが大げさに言っているわけではない。書店の現場からは、「取次経由で仕入れたい本が入ってこないのなら、直取引でやりたい」という思う書店は少なくありません。私はこの30年間、いろんな書店の人を取材してきましたが、異業種から参入してきた書店経営者から、「マージンが少ないことはしょうがない。だけど仕入れたい本が仕入れられないというのはどういうことなのか?」とよく言われます。金を払うと言っているのに「お宅には配本する商品がありません」と取次や出版社に言われてしまう。減数配本なんていうことは、他の小売ではよほどの人気商品でない限り起きないでしょう。昔の「たまごっち」や「ビックリマン・チョコ」のように。なぜ書店は仕入れたい本を仕入れられないのか、と異業種から参入してきた書店経営者たちは怒っています。  
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