出版および出版関連産業ではたらく人々の労働組合連合体

出版産業

【講演録】アマゾンと日本の出版流通

次の時代に書物をどう残すか
   日本の取次システムは、博文館が東京堂をつくった時代から1世紀、戦後の東日販を中心としたシステムが完成して半世紀ほど続いてきたわけですけれども、これが今、終焉を迎えつつあります。日本の取次システムは、雑誌によって利益を生んでいました。雑誌の利益で書籍を全国津々浦々に配本し、雑誌の利益によって取次の人件費もまかなってきた。しかしもう雑誌ビジネスが崩壊してしまった。雑誌ビジネスが再び隆盛になることは、少なくとも紙の雑誌についてはもうないでしょう。人口もどんどん減少していきます。もちろんデジタルやその他の道で雑誌ビジネスが生まれ変わることはあるかもしれませんが、そこからは取次も書店も除外されるでしょう。
 取次は3つの機能を担ってきました。物流・情報・決済(金融)です。しかし、これらも取次でなければならない、という必然性はなくなりました。物流では物流業者の進歩が著しい。情報についても、インターネットで出版社と書店がダイレクトに情報交換する時代です。唯一残っているのが決済機能ですが、これもほんとうに取次に頼らなければいけないのでしょうか。取次が決済できるのは、書店に対して「お金を払わないと配本しないぞ」と脅しが効くからです。しかし、脅されてようやく支払うような書店は、これから生き残れるだろうか。そうした脆弱な書店に販売を依存していて、出版社の経営は成り立つのだろうか。そう考えていくと、この決済機能というのも、それほど重要ではなくなっていくのではないか。エクセルを使いこなせれば、取次に頼らなくてもなんとかなってしまうのではないか。日本の出版流通の特徴だった取次システムが、崩壊に向っています。「ガラガラポン」という言い方が、いろんなところでされてきました。出版業界においては、それがいま起きようとしている。これは出版労連の第43回出版研究集会の統一のテーマでもある“出版産業の崩壊の危機”ではなく、すでに崩壊しつつある。
 ではその時、何を優先して考えるべきか。大災害が起きた時に救急隊が駆けつけてきて、まず誰を優先して助けていくか判断するように。
 まず最優先すべきは、書物をどう生かすか、次の時代に残していくか。いまつくった書物のなかには1000年後も生き残るものがあるでしょう。その書物をどうやって生かしていくか。あるいは、書物をどう生かしていくかを最優先して考える企業や労働者が生き残る。
 2番目に優先すべきはその書物を読む読者です。ジェフ・ベゾスは結構いいところを突いているなと思います。「すべては顧客(読者)のために」というのは、読者さえ優先しておけばどこかで食える、そういう思いもあるのではないか。三番目、四番目に、作家や出版社がくるのでしょう。残念ながら、取次や書店の優先順位はそれほど高くない。書物さえあれば、読者さえいれば、なんとか出版は生き残ることができる。書物の歴史について、我々は近代の50年とか100年の長さで考えますが、書物の歴史は5000年以上あります。その中で、書物がビジネスになってきたのは、たかだかこの100年ぐらいのことでしかない。5000年のスケールで考えると、まず書物を大事にする、それを読む人を大事にする。そこから道は見えてくるのだろうと思います。
 新刊市場は今後ますます縮小していきます。これはもう人口が決めることですから、どうにもなりません。人口問題は仮にいますぐ有効な手を打てたとしても、たとえば劇的に子育て環境が改善したところで、5年や10年で人口トレンドが大きく変わるものではありません。そういった中で、再販制がどうなるかは、極めて小さな問題でしかない。アマゾンと再販制について触れておきますと、「アマゾンは再販制を破壊する」「スチューデントプログラムなどで、実際に破壊している」と言われますが、再販制はアマゾンにとっても得なシステムです。なぜなら再販制で売価が固定され、価格競争の必要がないから。直仕入れを拡大することで原価率は下げられます。いまのところ再販制度によって、アマゾンは利益を上げています。私がジェフ・ベゾスだったら、日本の再販制度はぜひ残しておいて欲しいと思うでしょう。
 アマゾンのスチューデントポイントは再販制を破壊するという批判があります。やがて対象を一般にも広げていくのではないか、という懸念からでしょう。スチューデントプログラムの前に、早稲田大学の校友会と契約したアマゾンのカードがありました。このカードを持つと現役の早大生もOBも、アマゾンの値引きを受けられる。早大OBの出版関係者でつくる出版稲門会からは抗議がありました。大学生協つぶしではないかという声もありました。その時少し取材したのですが、アマゾンが学生割引に力を入れる目的は、学生クレジットカードを持たせ、アマゾンで買う習慣をつけさせることにあるようだ、というのが私の感想です。再販制の崩壊を目論んでいるわけではない。  
定額配信=読み放題の時代に
   最後に、いま大騒ぎになってるKindle Unlimitedの失敗について触れておきましょう。アマゾンが電子書籍の定額読み放題サービスをはじめた。客寄せのために、最初は利用者にも出版社にも破格の好条件です。しかしアマゾンにとっては逆鞘。このキャンペーン予算を使い切ってしまったので、出版社に了解を得ることなくかなりのタイトル数の本を対象から外してしまった、それで出版社が激怒した、というわけです。注目したいのは二点です。まず、原因は予想を超える利用者があったこと。無料お試し期間だからというのもあると思いますが、アマゾンの予想を超えてしまった。それくらい人気なのです。
 もう一点は、日本では電子書籍市場の8割がコミックだということ。今回のKindle Unlimitedのユーザーも、多くはコミック読者だったと思われます。そこをアマゾンは読み違えた。コミック文化は日本独特のものです。コミックって一晩で3〜4冊は読んでしまう。アマゾンが想定していたのは、文芸書やノンフィクションなど文字ものを1冊1週間ぐらいかけて読むような人だったのでしょう。日本で15年も商売をやってきたのに、アマゾンは日本のコミック文化を軽視していた。
 じゃあこれからKindle Unlimitedはどうするか。やめるという選択はないでしょう。日本の定額読み放題で成功してるのは、NTTドコモの「dマガジン」で、あれが300万人を超えています。ドコモでスマホやタブレットの契約をする時に一緒に入ってみるという人が多いようなので、どれくらい定着するのかはもう少し落ち着いてみないとわからない。定額読み放題というのは、紙の本にはなかった本の読み方であり、消費の新しいモデルだと思います。これからも、今までなかった形態のビジネスが出てくるでしょう。 (了)
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