【講演録】アマゾンと日本の出版流通

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「出版不況」打破にはアマゾンがヒントになる

 

 新刊書籍・雑誌の販売額総計は1996年をピークに減り続けているわけですが、その間、出版界は「読書離れが進んで、本が売れない」と言い続けてきた。それは言いかえるなら、「自分たちは悪くないのに、読者が悪いから本が売れない」ということです。読書離れというのは、そういう意味ですよね。

 しかし、たとえば毎日新聞の読者世論調査を見ると、読書離れが進んでいるというデータはありません。同世論調査は敗戦直後から継続して行われていますが、データを見るかぎり、読書離れが進むどころか、むしろ1950年代から60年代はじめ頃よりも読書率は上昇しています。「本を読んでいます」と答える人の割合が増えている。

 あるいは、出版科学研究所による書籍の推定販売部数と、厚生労働省の人口動態調査のデータをつきあわせると、現役世代(15〜64歳)の人口と年間販売冊数は、ともに1975年と2015年の数字がほとんど同じだということに気づきます(書籍の推定販売部数は、75年が6億3222万冊、15年が6億2633万冊。生産年齢人口は75年が7581万人、15年は7682万人)。つまり、15〜64歳の人が1年間に購入する新刊書籍の冊数は、40年前とさほど変わっていないんです。読者が離れているわけではない。

 一方、それでも「本が売れない」という現実はある。少なくとも出版産業にたずさわる我々は強くそう感じている。初版部数は減り続け、返品率は高止まりしている。なぜか? 需給バランスが崩れ、慢性的な過剰生産に陥っているからです。アマゾンが出現したから本が売れないのではない。

 むしろ、この状況を打破するために、アマゾンがヒントになるのではないか、と私は考えます。アマゾンはどこが優れているのか、ということから考えていくべきではないだろうか。

 日本で最初に登場したネット書店はアマゾンではありません。アマゾンがアメリカで開業した95年には、栗田やブックサービスが参加した「本屋でござ〜る」や丸善インターネットショッピング(MIS)が、翌96年には紀伊國屋書店のBookWebが始まっています。アマゾン上陸の少し前にはTRCのbk1やドイツ・ベルテルスマン系のBOLなどもありました。しかし、アマゾンは他のネット書店(当時はオンライン書店という呼び方が一般的でした)に比べると使いやすい。ストレス少なく本を買うことができる。たぶんこれは、基本的な設計思想に違いがあるんだろうと思います。紀伊國屋にしてもbk1の後身であるhontoにしても、トラブルが起きないことを最優先にしている。それは誠意ある姿勢ですが、それに対してアマゾンはあっけないほど簡単です。アマゾンだって、ミスやトラブルは起きない方がいいと思っているでしょう。でも、「間違えたら、そのとき直せばいいや」と考えているように感じます。客がストレスなく買えるほうを優先している。何を優先するのかという哲学の違いを感じます。

 これは後でも触れますが、いまKindle Unlimitedのトラブルについて大ニュースになっています。講談社をはじめ出版社がカンカンに怒っている。あれは日本的文化だと取り返しがつかないほどの大問題・大失敗と受け取られていますが、たぶんアマゾンは「失敗したら、また別のやり方で試せばいいじゃないか」と考えているんじゃないか。トライアル・アンド・エラーで良くしていけばいいと。 
 アマゾンのデータベースにしても、いまは一般の書店や古本屋でも、お客さんから問い合わせがあったら、アマゾンにアクセスして確認しているところが珍しくありません。アマゾンのデータベースが業界のインフラのようになっている。

 もちろん一般の読者、消費者にとって、アマゾンは早くて便利です。送料は無料。操作も簡単というわけです。

 

 アマゾンが日本の出版界に与えた最大のインパクトは、読者に多様な選択肢を与えたことです。リアル書店との、あるいは紀伊國屋書店など日本のネット書店との違いはここが大きい。紀伊國屋書店のサイトで検索すると、出てくるのは紙の本と電子書籍です。アマゾンでは、紙の本でも新本と古書が出てくる。誰もが出品できるマーケットプレイスがあるからです。古書の値段は出品者によってさまざま。絶版や版元品切重版未定の本も、アマゾンなら古書で買えます。同じ本の洋書版があれば洋書も表示される。もちろん電子書籍(Kindle)もある。リアル書店には新刊で出ている紙の本しか選択肢がありません。アマゾンだったら、新本、古書、洋書、電子書籍と、4種類の選択肢があります。しかも古書については、出品者によってさまざまな値段がついている。だから価格についても選択の幅が広い。それが同時に見られる。これは日本の読者が経験したことがないことでした。

 つい最近まで、日本の新刊書店は古書を併売することを避けてきました。一部の新刊書店では古書も扱っていましたが、取次はそれを嫌がっていました。以前、取次のPR誌で古書も扱う新刊書店を取材したとき、「古書を扱っていることは書かないでくれ」と取次から言われました。新古併売が他店にも広がるのを恐れていたのです。返品に古書が混入するおそれがあるからとかなんとか理由をつけていましたが、本音としては古書が売れて新刊の売上げに影響するのを嫌がったのでしょう。基本的に取次は読者や書店の利益よりも自分たちの利益を優先します。それくらい前世紀は頑なでした。それをアマゾンはやすやすと越えてしまった。

 どの業界も似たようなものでしょうが、日本の出版業界も横並びが大好きです。違ったことをすると、「秩序を乱す。和を乱す」と同業者から批判されます。私は20代を洋書業界ですごしました。私がいた頃、洋書の値段は業界で談合して決めていました。洋販、タトル、丸善がみんな横並びで、レート換算表が書店に送られてきました。ところが90年代、渋谷のタワーレコードに直営のタワーブックスができた。他の洋書店よりも価格がうんと安かった。シアトルから来たマネージャーに取材すると、「シアトルのタワーレコードで売っている値段に、運賃を上乗せしただけだよ」と言います。日本の業界レートを知っているかと聞くと、「知らないし、ほかの店の値段を意識したことはない」と言いました。

 それからまもなくアマゾンが日本上陸して、日本の洋書業界の談合体質が一気に崩壊、日本の洋書ビジネスも崩壊しました。