【講演録】アマゾンと日本の出版流通

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根底にある利便性追求=顧客最優先

 

 アマゾンのレビューとレコメンドの機能も、既存の書店にはないものです。皆さんのなかでも、「本を作って最初にする仕事は、一般読者を装ってその本についてのレビューをアマゾンに書くこと」という編集者がいらっしゃるでしょう。それくらいアマゾンのレビューが、本の売れ行きに影響を与えている。今まで書店の売り場で、一般のユーザーの評判はわかりませんでした。読者ハガキがありますが、「わざわざハガキを書いてくるのは特殊な人だから」と、私は編集者のころ上司に言われました。アマゾンのレビューを書き込むのも特殊な人でしょうが、読者ハガキよりは少し広そうです。アマゾンはベストセラーをつくりませんし、マーケットリーダーにはなりません。アマゾンがムーブメントを起こすこともない。あくまで一人ひとりの消費者が買ったデータの集積によって、ベストセラーができる。アマゾンはシステムをつくるだけ。そこはリアル書店と違います。リアル書店では著者のトークイベントをしたり、書店のお勧めの本コーナーをつくったり、POPを書いたりするわけですけど、アマゾンはそういうことには関心がない。むしろ無色透明であろうとしている。

 TRCのbk1は書評家による書評に力を入れてアマゾンとの差異化をはかろうとしましたし、紀伊國屋書店のBookWebも書評空間という学者や作家による書評ブログに力を入れました。どちらも書き手には原稿料が支払われました。しかしbk1はhontoに吸収され、書評空間もなくなりました。ネット書店を使う一般読者は、書店や識者に本を薦められることを、あまり好まないのだと思います。アマゾンのように匿名的ならいいのだけれども。

 もちろん、アマゾンのレビューも玉石混淆というか、かなりトンチンカンなものも多く、私自身は参考にすることはありません。たんなる自己顕示欲のはけ口にしかなっていませんし、レコメンド機能も購入履歴や検索履歴を元にしているだけなので、私のいま現在のニーズに合っているわけではありません。だから全然満足できないのですが、しかしこれまでの書店にはなかった機能です。

 先ほど電子書籍の読み放題サービス、Kindle Unlimitedでつまずいたということに触れましたが、アマゾンは音楽や映像の聴き放題・見放題のサービスもしています。受け取りの日時指定などが無料になる年会費3900円のプライム会員なら、この音楽と映像も無料です。アメリカではこのプライム会員向けに、電子書籍の読み放題サービスも、タイトルを絞ったうえで始めるというニュースがありました。もしかすると、日本でもKindle Unlimited をプライム会員に広げていくかもしれません。音楽産業では、すでに英米はCDやレコードよりも配信が中心で、スポティファイやアップル・ミュージックをはじめ聴き放題サービスが主流になっています。それがそのまま書籍・雑誌にもあてはまるとは限りませんが、デジタルの影響力はますます大きくなっていくでしょう。

 アマゾンの根底にあるのは“顧客最優先”という思想です。「企業理念なんてタテマエにすぎない」と考えている経営者や従業員が多いでしょうが、アマゾンの場合はちょっと違うかもしれません。また、顧客最優先はアマゾンに限らずどこの企業でも言っていることです。なにしろ日本の企業ではどんなクレーマーに対してでも土下座しかねない風土がありますから。でもそれとアマゾンの“顧客最優先”とはちょっと違う。「客が買い物をしようとする時に、『客にとって何がいちばん大事なのか』を優先して考える」というのがアマゾンの顧客最優先という考え方なのだと思います。

 ここで「日本の出版産業は顧客最優先、読者最優先じゃなかったのか」と考えると、いろいろ思い当たることがあります。日本の出版界が最優先してきたのは読者ではなく、出版社や書店の経営だったのではないか。あるいは既存のシステムを守ることだったのではないか。だから店頭にない本を注文すると「2週間待ってください」と平気で言えるわけです。あっという間に品切れ・絶版にしてしまうなんていうことも、読者を最優先しようと思ったらできないはずです。

 どこの本屋も同じような品ぞろえ、同じような店頭になっているというのも、読者にとって何がプラスになるかよりも、なるべく競争が起きないように、みんな横並びで……みたいな感じで行われてきた。田植えも草取りも稲刈りも、みんな一緒にという、農耕民族ならではの空気です。結局、日本の出版産業、出版システム、流通システムというのは、書店や出版社、あるいは出版業界の都合に読者を合わせるというものだった。顧客優先主義じゃなくて出版業界優先主義でした。「活字離れ、読書離れが進んでいるので、本が売れない」という紋切型の言い訳が示しているのは、そういうことです。その体質がアマゾンの登場によって暴露されてしまった。