【講演録】アマゾンと日本の出版流通

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出版労連では毎年、出版産業が抱える課題を探り、その時々の到達を明らかにするために、出版研究集会を開催しています。

今年9月22日よりスタートする第44回出版研究集会全体会の講師のお一人である永江朗さんには、昨年10月に催された第43回出版研究集会分科会でもご講演いただきました。その講演録を、永江さんから許可を得て公開します。

なお、無断転載はお断りいたします。

出版労連・出版研究集会実行委員会

 

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第43回出版研究集会第2分科会講演録

 

アマゾンと日本の出版流通―快進撃の秘密と出版産業の未来―

 

【講演】永江 朗さん(フリーライター)

2016年10月7日(金)出版労連会議室

 

 先日、『小さな出版社の作り方』という本を、小さな出版社である猿江商會から出しました。今日はその猿江商會の古川聡彦社長にも会場に来ていただいています。古川さんは新卒で光文社に入り、大修館書店を経て、猿江商會を興しました。それもアマゾンと関係があるといえます。なぜなら、アマゾンとその周囲に起きていることに象徴される出版流通の変化が、小さな出版社を興しやすくしている側面があるからです。出版不況と言われ、構造不況業種だ、市場縮小だと言われつつも、出版社に入りたいという学生も大勢います。相変わらず採用試験の競争率は高い。しかし私は学生たちに、「出版社の社員になるよりも、出版社の社長になる方がはるかに楽だよ」と言っています。

 

 本題に入る前に、アマゾンについて語るとき気をつけたい二、三の事柄について。「アマゾンについて……」となると、なぜか出版業界人は冷静さを失ってしまいます。まるでスイッチが入ったように。リベラルだった人が、アマゾンの話になるとナショナリストになったり。いまにも“鬼畜米英!”などと言い出しかねない勢いです。もっとも、それは私自身も多少自覚するところでもあるのです。アマゾンを考える時、バイアスがかからないように、冷静に考えるようにと常々思っています。
 
 でも、アマゾンを語るときのバイアスは、危機感のあらわれでもある。日本の出版界にいると、「何かが破壊されようとしている」「何かが奪われようとしている」と感じます。アマゾンの創業者でありCEOのジェフ・ベゾスは、裸一貫からはじめていまや世界第2位の大富豪です。本屋のオヤジが世界第2位の大富豪になるなんて、とても日本の出版界では考えられないことです。しかも、それはわずか20年ほどで起きたこと。考えられないようなことが起きると、私たちはつい、なんでもかんでもそのせいにしてしまいたくなります。出版界のあれが悪いのもこれが悪いのも、みんなアマゾンのせい、と。

 ひと昔前に、何かがあるとなんでもブックオフのせいにしてみたり、取次のせいにしてみたりしたのと似ています。最近なら図書館のせいとか。自分が置かれている状況がよくないと、つい自分以外の何かのせいにしたくなる。アマゾンについて考えるとき、気をつけておきたいことです。

 我々は保守的で、いつも変化を恐れている。とりわけ出版業界は変化を恐れる業界だと思います。それは、ビジネスの仕組みを含めて、今まであまり変化を経験してこなかったからでしょう。だから環境が変化しようとすると、つい恐怖が先に立ってしまう。

 そこで、「アマゾンは書店である」ということを前提にして考えていきましょう。正体不明のモンスターではなくて、あれも書店なんだ、書店のひとつの形態なんだということから考えないと、アマゾンがなぜ成功したのかわからない。

 もうひとつ、アマゾンはアメリカの企業であるということも、よく考えておかなくてはならない。日本とアメリカとでは商習慣が違います。再販制の有無だけではなくて、ビジネスのやり方も考え方も違います。出版業界にいる人の気持ちのあり方から何からすべて違います。アメリカだけでなく、アジアでも、南米でも、ヨーロッパでも、国によって地域によって、出版産業のあり方はそれぞれ違います。海外から見れば、むしろ日本のほうが特殊です。特殊な日本にいる我々は、「自分は当たり前だ」と思っているので、アマゾンが異常に見えてしまう……ということもあり得ます。

 違いがあるということについて、善悪で考えると判断を誤ってしまいます。「自分は正しい」と。自分についてだけではありません。相関関係と因果関係を混同しないように気をつけなければなりません。アマゾンが日本に上陸した21世紀の初めというのは、出版界のみならず世界中のメディアにとって大転換期でした。人間と情報との関係が大きく変わりました。それによって起きたことと、アマゾンによって起きたことを混同しないように気をつけなければならない。同時に、時代の大きな変化の影響からは、アマゾンもまた逃れられないのだということも忘れてはいけないでしょう。

 

出版社・取次からむしり取れ

 

 先に結論を申し上げておきます。アマゾンが日本の出版通通を変えたし、これからも変えるでしょう。どのような変化かというと、出版流通におけるヘゲモニーを、これまでの《出版社と取次》から、《書店と読者》へと大きくシフトするだろうということです。

 戦後、出版流通システムが完成してから半世紀以上の間、出版流通で大きな力を持っていたのは、出版社と取次でした。出版社自身がそう自覚しているかどうかは別ですが。価格決定権を持ち、配本の主導権を握っているのは出版社と取次でした。ところがアマゾンに関してはそれが通じない。価格決定権は再販契約のもとで出版社が持っていますが、取引条件について、アマゾンは自社に有利になるよう出版社に迫っています。強大な販売力を背景に。こんなに強い小売店は、これまで日本の出版界にありませんでした。これからは、流通のヘゲモニーが小売店に移るという大きな変化に耐えられる出版社・出版業界人と、耐えられない出版社・出版業界人とに分かれるでしょう。しかしこれは、アマゾン以外の小売店にとって、「吉」と出るかもしれない。私は書店界の人びとに、「今こそ書店はアマゾンと共闘せよ。共闘して利益配分を出版社・取次からむしり取れ」と言いたい。それは、これまで出版物の利益配分が、出版社と書店とではあまりにも違いすぎたからです。

 山崎ナオコーラさんの作品に『昼田とハッコウ』という長編小説があります。吉祥寺に実在する書店、ブックス・ルーエをモデルにしていて、小説では「アロワナ書店」となっています。書店内部のようすがリアルに描かれています。というのも、ナオコーラさんの家族が書店に勤務しているので、事情がよくわかっているのです。ナオコーラさんに、「なぜ書店と書店経営者を主人公にした小説を書こうと思ったのか」と質問しました。すると彼女は「現在のリアルなワーキングプアを描きたかった」と答えました。登場人物である書店員の月収は20万円に満たない。実際、書店の労働現場は薄給です。ワーキングプアといってもいいほど。しかし、流通のヘゲモニーが小売店に移ることによって、こうした劣悪な待遇も変わっていく可能性があります。

 ここでひとつ重要なのは、アマゾンの出現とは関係なく、日本の出版産業を支えてきた取次システムが崩壊しつつあるという現実です。日本の取次システムは、雑誌の流通に最適化しており、雑誌の流通に書籍の流通が載っかるようなかたちでできています。ところが雑誌とコミックのビジネスが成り立たなくなりつつある。そこに依存してきた日本の取次システムはもう崩壊してしまった。そこから考えていかなければならない……というのが、今日の結論です。