藤井寺市での教科書採択をめぐる贈収賄問題について【見解】

2023年4月26日

藤井寺市での教科書採択をめぐる贈収賄問題について【見解】

 

 

日本出版労働組合連合会(出版労連)
教科書対策部長 小森浩二

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2021年度、大阪府藤井寺市での中学校教科書採択に関連して大日本図書株式会社(以下「大日本図書」)および同市内の中学校校長(当時。以下「元校長」)による贈収賄事件が引き起こされ、2023年に贈賄側・収賄側の両者に対し、有罪判決が確定した。出版労連教科書対策部は、これを教科書発行にかかわる者を含む産業別単一労働組合(単産)として看過できない問題と認識し、議論をすすめてきた。それをふまえ、以下に見解を表明する。

(問題の概略)

  • 中学校教科書採択年度であった2020年度の4月から7月にかけて、藤井寺市採択地区の教科書選定委員であった元校長が、大日本図書が発行する数学・理科・保健体育の教科書の評価にかかわる教科書選定委員会の情報および調査員の教諭3名の氏名を同社側に漏洩し、大日本図書はこの3名に接触して同社教科書の優れた点や他社との違いを調査員にアピールした。これに対し元校長は、謝礼として大日本図書から3万円を受け取ったほか、飲食やゴルフの接待を受けていた。両者は、教科書採択にあたる教育委員1名とも会食した(なお別の1名とも、小学校教科書採択が行われた2019年に会食している。両教育委員は辞任)。なお、採択結果としては、数学が新規に、保健体育の教科書が継続してそれぞれ採択された。理科は採択されなかった。
  • 以上は贈収賄事件として立件され、元校長は加重収賄及び修学旅行の下見旅費に係る不正請求などの詐欺容疑(教科書採択とは別に)で、大阪地裁は「懲役1年6か月、執行猶予3年、追徴金約64,000円」と判決した。一方、大日本図書の元役員と社員は大阪地検から略式起訴され、それぞれ罰金として50万円と30万円の略式命令を受け、両名はその金額を支払った。
  • 2023年1月、藤井寺市教育委員会は大日本図書の中学校教科書使用を2022年度で中止すると決定し、2023年2月24日の臨時教育委員会で、数学は啓林館、保健体育は東京書籍に変更された。
  • 3月28日、文部科学省は大日本図書に対し、2023年度に行われる中学校教科書検定に申請しても不合格にする旨通知した。これを受けて同社は「文部科学省から弊社への処分について」(3月30日付)で、検定申請を断念して2025年度以降も現行版教科書を継続発行すること、「教科書発行者として信頼回復に全力で取り組んで」いくことなどを表明した。これにより、2024年度の中学校教科書採択では、大日本図書の教科書は現行版が採択対象となる。
  • 4月19日、藤井寺市教育委員会は、「再発防止策」として、4月から7月の教科書採択期間中の教科書発行者との接触禁止だけでなく、それ以外の期間も「接触した場合は報告書の提出を義務づける」「教科書会社と接触した教職員を見聞きした場合は、学校長や市教委事務局に連絡するよう求める」など、教科書発行者との接触を事実上通年全面禁止する「ルール」を決めたことが報道された。

(本件についての見解)

  • 教科書採択において、不正行為が許されないことはいうまでもない。したがって大日本図書の一連の行為は許されるものではない。2016年に顕在化した「白表紙問題」(*)を受けて、教科書業界で「自浄努力」を行ってきたはずである。それにもかかわらず贈収賄事件が引き起こされたことは、教科書にかかわる者として、深刻に受け止めなければならない。

(*)教科書発行者が「採択関係者」を接待し、そうした場で「白表紙本」を見せて意見を聞き、それに対価を支払っていた問題。これを受けて教科書発行者でつくる教科書協会は「教科書発行者行動規範」を策定し、文部科学省の承認を得たうえで各発行者に順守を求めている。

  • 贈収賄による有罪判決という事態は、真摯に採択活動を行っている教科書労働者(大日本図書内外ともに)にとって大きな衝撃である。この中で大日本図書が第三者を含めた「特別調査委員会」を設置して「特別調査委員会による調査報告書」(1月26日公表、2月17日更正。以下「調査報告書」)を作成・公表したのは、当然のこととはいえ、自浄努力と評価したい。同社が前出の「文部科学省から弊社への処分について」で示した決意表明を誠実に実行することを期待する。
  • 収賄側、すなわち同市の元校長にも大きな問題があった。この人物による「カスタマー・ハラスメント」というべき行為が大日本図書の「調査報告書」に生々しく記載されている。大日本図書側の責任は免れないが、収賄側によるこうした行為も厳しく批判されなければならない。次項で指摘するような状況下で、このような強権的な人物に金品の授受を含む接待を要求されれば、それに抵抗することが困難であったことは想像に難くない。元校長は大日本図書「特別調査委員会」「藤井寺市教科書採択に係る第三者委員会」双方の事情聴取を拒否して問題の全面的な解明を妨げており、真摯に反省しているとは考え難い。
  • この問題の背景の一つに現在の義務教育諸学校用教科書の採択制度があることも指摘しておきたい。学校ごとの採択かつ毎年採択の機会がある高校教科書採択では、本件のような事態が起こっていないことと比較すれば、そのことは容易に理解されよう。

第一に、児童・生徒数の減少=教科書需要数の減少という状況の中で、4年に1度しか採択の機会がなく、しかも広域(共同)採択制度のため、採択結果は「オール・オア・ナッシング」となることである。このため、一度の採択の成否が各教科書発行者の経営状況を大きく左右することにならざるをえず、これが営業活動の過熱の要因となっている。

第二に、教科書採択のプロセスにおいて、現場教員の意見が尊重されていないことである。教科書の調査研究にあたる調査研究委員会(藤井寺市では「教科書選定委員会」)の検討結果を、「教育委員の権限と責任において」行われるとして、教育委員が必ずしも尊重しなくてもよいとする制度に贈収賄が入り込む余地があるといえる。藤井寺市の教育委員会議事録(2020年7月30日臨時教育委員会)でも、学校現場の意見は全く報告されていない。

ただし、こうした制度的要因があるからといって、贈賄が正当化されるわけではないことはいうまでもない。

  • 文部科学省が行った大日本図書に対する「検定不合格」の処分に疑問を呈さざるをえない。この処分の根拠である「教科用図書検定規則」第7条2項は、採択の問題についてのペナルティを検定で与えるものであって、いわば「罪」に対する「罰」がずれているといわざるをえない。
  • 藤井寺市教育委員会が4月19日に決めた「ルール」は、行き過ぎたものといわざるをえない。これでは教職員・教科書発行者双方に恐怖と萎縮を招くだけで、教科書採択の透明化にはつながりがたい。

 

(再発防止のための提言)

  • 大日本図書、藤井寺市教育委員会の両調査報告書が共通して指摘し、また大日本図書自身が表明しているように、コンプライアンスの徹底が不可欠であることは当然である。
  • しかし発行者側の規範意識だけではなく、採択制度の改善も必要であると考える。根本的には、教科書無償措置法による広域(共同)採択制度の改正が必要だとしても、現行制度のもとで各採択地区における「教科書採択要綱」を改善すれば可能な、再発防止のための有効な方策はいくつも考えられる。例えば学校票制度はその有力な方策である。これは元校長のような一部の教育関係者が採択にあたって「力」を行使することを防止することにつながる。何より教育条理に基づいた採択には不可欠である。藤井寺市教育委員会の「調査報告書」によれば、同市では教科書採択のプロセスに学校票制度は存在していなかった。
  • 教科書発行者を学校から締め出すのではなく、学校内でコミュニケーションをしやすくするなど、正当な活動を保証することも重要だと考える。
  • これらの制度改善は当事者のみの努力では不可能であり、広く教員・保護者・市民の理解と支援を訴える。
  • 教科書業界のコンプライアンスの基準として「教科書発行者行動規範」がある。しかしこれは前述のように「白表紙問題」を受けて教科書協会が策定し、文部科学省の承認を求めた経緯がある。その基本的立場は「文部科学省をはじめとする行政官庁からの指導を遵守」(「Ⅰ 総論」の1、「Ⅱ 各論」の2)するという点に端的に示されているように受け身の対応であり、必ずしも自主的とはいい難い。その内容を否定するものではないが、それを超える、憲法第21条の自覚に立った自立的・自律的ルールを、教科書発行者が労使共同で、確立することを呼びかける。
  • 不正に関与しないという自覚が教科書労働者自身に求められるのはもちろんだが、採択関係者による「カスタマー・ハラスメント」や経営による不当不法な業務指示に従う必要はないことを内容とする「良心的許否」権の確立を教科書労働者に呼びかける。

 

大日本図書は、次期中学校教科書の検定不合格という処分を受けて、現行教科書を継続発行し、これを来年度の教科書採択に供する方針を打ち出した。これにより、採択する教科書がないという事態は避けられたものの、今年の小学校教科書採択を含め、経営状況への否定的な影響は避けがたいだろう。そうした問題はあっても、同社には労働者の雇用を守り、労働条件の不利益変更は避けることを求める。

 

以上